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マイブーム(あいのり)   

月曜日の授業は、1限目だけしか履修していないので、比較的早目の帰宅が可能である。
月曜日には、23:00-23:30から「あいのり(フジテレビ)」をつい見てします。一度見てしまうと、「ヒデどうなったのかな?」と心配で常に見ないと気がすまない。

「あいのり」は、リアルな台本のない展開で予想がつかないノンフィクションであり、不確実性が多い。更に、注目するところは「人間くささ」「人間関係」があり、「AだからBという」我々が考える一般論が当てはまらないところが面白い

ストーリーを出演者が自ら構築して、見るものの継続的に虜にしてしまう。
ストーリーを展開しているというのは、「モーニング娘。」にも共通する話題である。
「ストーリーマーケティング」とでもいうのだろうか?

例えば、プロ野球は、選手がもつストーリーを展開し、伝説を作るのではなく、プロフェッショナルのプレーを楽しむモノとされていた。
これをノンフィクションとして、選手の横顔やダグアウトを公開していくという球団が誕生する。

「楽天」である。

この「公開されるドラマ」は、プロ野球の視点を変えていくかもしれない。
外部から投与するジェネラルマネジャーの手腕が発揮されるところだろう。
強い・弱いは別として、私はそのあたりに注目している。


「ヒデ(あいのり)」の言葉
・「かよ」との関係が壊れるのを危惧して、「好き」が伝えられなかったことを後悔し、
 『たった二文字の言葉なのに・・・。』

・終わった恋の衝撃で、
 『いままでの19年間で、これほど自分の説明書が欲しいと思ったことがない・・・』

普通のドラマでも言えないセリフをよく言ったものです。
「たった二文字」というコメントには脱帽です。
確かに、なかなか言えないものですね。
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by namanama100 | 2004-11-24 12:54 | namanamaコラム

ライフプランナー   


慣行は、新規参入業者にしか打破できないのか?

慣行は、しきたりとして行われることである。
しきたりは、参加者が当然と思っても、思わなくてもその個人に埋め込まれているので何が慣行かを判断するのは、ちょっとしたテクニックがいる。生命保険という事業に、メスをいれた「ライフプランナー」という外資系保険事業者が活動している。彼らの話を聞くと、「保険」に対する認識が変わってくる。月額保険料¥10,000の意味が異なってくる。それなら、¥20,000支払ってもいいかも、と思ってくる。

それは何故か?

私も含めて、何故¥10,000払っていたのかを理解しないまま契約している人は多いのではないか。「慣行」を破壊させることによって、隙間を狙うのだ。
新規参入業者は、その「慣行」を狙って参入するケースが多い。既存企業は、慣行に気がつかないのではなく、慣行を打破することによるリスクが伴うため、打破できないのではなく、打破しないのである。

現在、「プレデンシャル生命」と「ソニー生命」のライフプランナーの方と頻繁にお会いし、お話を聞いている。
うーーん、迷います。

ちなみに、「ライフプランナー」というのはプレデンシャル生命が米国から持ち込んだ言葉らしい。
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by namanama100 | 2004-11-18 11:36 | namanamaコラム

「研究」の難しさ   

我が東京都立大ビジネススクールは、一般に考える「ビジネススクール」とは少し、いや、かなり異なる。

1.必須科目はない。
2.ケーススタディより理論。
3.試験よりレポート。
レポートも、「**の意義と**の限界を指摘せよ」という問題が多い。このような思考を常に求められる。

これは、
 1.常に否定的姿勢
 2.背景を読む
 3.自分の意見を明確にする
ような能力を必要とされる。

さらに、卒業するためには、「修士論文」の提示を必要とする。
現在は研究計画書の確立にむけて準備をしているが、自分が進めようとしている論点は既に、述べられており発展していたり、否定的な論点が向けられていたり、現状どの方向にむかっているのかを調査するのも一苦労である。

リアルタイムでこのような議論を見ていたものは、その論文の背景や環境も理解している。私のような始めて試みようと思う人間は、過去の論文からの進展の本質は見えない。さらに議論は日常のように展開されており、過去の経緯と現在の進展状況をウォッチするのは、困難極まりない。特に、過去の議論においては、論文でしか解釈できないのである。 
っと、嘆いていても始まらないので、今は過去の文献をあさっている状況である。
何を基盤として展開するかで、大きく方向性は変わってくる。

もっと、基盤となる文献を探していくのと同時に、自分が考えていることをまとめていかなければならない。

あと、1.5年をきってしまった。

私の現在の「不安」である。
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by namanama100 | 2004-11-15 14:06 | 大学院

「酉の市」の効果   

a0026315_10551479.jpg浅草酉の市は、メトロ日比谷線三ノ輪と入谷の中間に位置する場所で実施されます。
「酉の市」は11月の酉の日に開かれるお祭りとして江戸時代からやっています。
今年は、2日(火)、14日(日)、26日(金)が11月の酉の日のようで、この日、0:00-24:00が対象になります。

熊手が山のように展示され販売されています。
「商売繁盛」であり、ギャンブル家族に生まれた私としては、近隣に住み始めて3年間、毎年「神頼み」に行きます。境内で売られる熊手¥700を毎年購入し、家に飾っています。熊手は、「かっ込め!」という意味らしいです。土曜日夜に行ったため、この熊手を購入しそびれたので、26日また行きます。

さて、「熊手」を購入していないのに、効能が早速でました。

昨日のエリザベス女王杯。アドマイヤグルーヴ-オオスミハルカ 馬連¥3,270!!

武様、川島様」、「おおとりさま」、ありがとうございます!!
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by namanama100 | 2004-11-15 10:55 | namanamaコラム

無駄を省こう   

株式会社リンクアンドモチベーション 小笹芳央社長の「組織と個人を生き生きさせるモチベーションマネジメント」というセミナーに参加した。
組織構造というよりは、組織風土や企業変革をサポートしている会社である。
週刊ダイヤモンド2004.06.12号「これなら頑張れる!明るい成果主義」特集の中心にある企業であり、大変興味深く参加した。「社内ギネス制度」「同僚からの評価」など社員が働くことを楽しむような仕掛けをつくり、自ら運営している会社である。

 但し今回のセミナーは、我社従業員の自主的な参加セミナーのため、マネジメント関連ではなく、個々の従業員視点から変革させるためのセミナーであった。

彼は以下の内容を一貫して述べていた。

「変えられるもの」に集中させる。
変えられないものと変えられるものを意識し、集中させ、無駄を省くものだ。
 変えられるもの:「思考」「行動」「自分」「未来」
 変えられないもの:「感情」「生理反応」「他人」「過去」

「無駄」というのは、不必要なものだけではなく、それが重荷になったり、ネガティブな方向に導く可能性をもつものである。
 例えば、デートの約束があるのにバスが来ない。いらいらして待って時計と道路をにらめっこしていても何も解決しない。いらいらしても、停留所を蹴っても、バスが来ないのは、変えられない事実である。ならば、「ごめん、遅れる」と連絡をして、夕食のレストランをimodで検索していたほうが効率的である。なかなか来ないエレベータに苛立ち、上ボタンを連打しても、早くは来ないし。突き指とボタンの故障を招くリスクしかないのである。

さて、彼は「変革の臨界点」という言葉を使っていた。
変革しろ、変わろう、と言っても程度がある。どこまで変われば変わるのか?という点である。
臨界点を過ぎれば、「変革」であり、達さなければ、「維持」もしくは「逆効果」になってしまう可能性をもつ。
「逆効果」とは、デートで毎回1輪の花をプレゼントすれば、喜ばれるかもしれない。2、3回目も同じことを実行したが、4回目は、プレゼントをやめた。
やめたとたん、なんだもうくれないの?冷めたのかな?とか不安に思われるし、当たりまえと思われたことが行動されなければ「不審な行動」になってしまう。

『企業変革の臨界点は、どこだ!』、うん、論文かけるかもしれない。
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by namanama100 | 2004-11-09 15:05 | namanamaコラム

オープンアーキテクチャ戦略   

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オープン・アーキテクチャ戦略―ネットワーク時代の協働モデル 国領 二郎 (著)

オープン・アーキテクチャ戦略をちゃんと定義すると、本来複雑な機能をもつ製品やビジネスプロセスを、ある設計思想(アーキテクチャ)に基づいて独自性の高い単位(モジュール)に分解し、モジュール間を社会的に共有されたオープンなインターフェースでつなぐことによって汎用性を持った背、多様な主体が発信する情報を結合させて価値の増大を図る企業戦略のことである。(p21)

 ミスミ・プラネット・eBay・Linuxなどを事例に挙げ、「信頼」を提供し、「言葉」を共通化するプラットホームを創るビジネスモデルと言う。
まずは、「どこの骨かわからない、信用のおけないやつ」と考える相手を「信頼できるやつ」へ社会的に認識を変えていくのである。

つまり、ある人は、となりのおっさんより、Amazon.comのほうが信用おけるのである。
10年来の付き合いのあるとなりのおっさんより、社長の顔も見たこと無い、カタカナの会社を信用して、本を買ったり、中古本販売の口座を任せているのである。
不思議な世の中である。
それは、この本に、
相互扶助や開発参加などにおいては、顧客達は単に影響しあう域を越えて、共通の目標に向けて協働構造をつくっていく。これをコミュニティの形成と言ってもよいだろう。(p138)
といっている通り、共通の目標へのコミュニティの形成がポイントである。
全ての人が、となりのおっさんに信用を置けないと言っているのではなく、どのコミュニティに参加しているかによるのである。
Amazon.comやyahooオークションは、コミュニティである。一旦、そこでのルールを違反すると、今後の取引に影響がである。影響が出るため、参加者はルールを守り、規範に沿って対応している。参加者は、そこをコミュニティとして参加していくという認識が、そうさせるのである。コミュニティ=場であり、村であり、仲間、家族である。なるべく阻害されないよう参加し続けるのであろう。

さて、私がなぜBlogに記録しているのか?
これは、このオープンアーキテクチャ戦略の定義にあるように、情報を結合させ、価値を高めて行こうというものでもある。

何か気がついた点があったら、ご指摘頂きたい。

これも勉強です。
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by namanama100 | 2004-11-09 14:35 | こんな本が好き