就職活動の採用   

ラッキーセブンオーディション(モーニング娘)で、採用者「0」というのは記憶に新しい。3月26日から「オーディション2005」が開催されている。

まず、第一次選考や第二次選考で、各会場毎に数千人から、数人に絞られる。
その「一定基準に達したとみなされる」数名によって、次のステップで比較・検討が行われる。
そのステップでは、モーニング娘。なら、プロデューサーであるつんく♂が立ち会うことになる。

ここでの重要な点は、既に大幅に絞り込まれた数名のうちから、最終決定者が採用を決めることである。

つんく♂が全ての応募者を観て決定するのではなく、合理的に満足できる応募者に対して、チャンスが与えられるのである。
会場も、いくつかのブースが存在し、いつくかの評価者・面接官が、発掘する。
面接官は、プロデューサーの意向を全て受け継ぐことはできず、一定の自由裁量の上、主観的な判断で作業を進める。
Aのブースでは不合格だったが、Bのブースでは合格できたかもしれないということである。

不公平感、不信感、あいまいが無いように、
 「明確な客観的基準」
 「主観的な判断ではないような採用決議方法」
が存在するのだろうか。

平たく言うと、藤本美貴は、可愛いか?、綺麗か?
オーディション閾値が「可愛い女性」という基準があったら、ある人は、不合格にするかもしれない。

実は、うちの会社の採用も、このような実態であった。
各会場に出席する面接官は、5年目以下の若手社員である。
彼らが、「一定の基準を満たしたと判断できる」とは思えない。その若手が判断した基準えあって、企業側が求める基準とは適合してはいないだろう。つまりは、不合格になった人は、「運が無かった」と言わざるを得ないだろう。

『その若手の感覚こそが、旧来からの文化を再構築し、新鮮な環境をつくるのだ!』と言うかもしれない。
設計者は、そこまで意図しているとは思えない・・・・。

「合理的な意思決定」というのは、そのようなLucky、Unluckyが付きまとう・・・。
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by namanama100 | 2005-03-28 13:18 | namanamaコラム

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