ノイマンの夢・近代の欲望   

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ノイマンの夢・近代の欲望情報社会を解体する 佐藤俊樹、講談社選書メチエ、1996年


波田陽区の「**斬り」というのが、流行語を受賞したらしい。私は、「残念!」が受賞するかと思っていた。長井秀和の「間違いない」というほうが、個人的には押していたが。。。

そんな話は、どうでもよく、この佐藤俊樹(一橋大学)は、「情報社会」をバッサリ斬っている
情報社会そのものを斬っているのではなく、「情報社会」が何者かもわからないまま述べられている現状を斬っている。

「自動車が社会を変える」といわれても信じない人でも、「コンピュータが社会を変える」といわれるとなんとなく信じてしまうのだ。(p53)

情報化は社会を変え、新しいコミュニケーション手段、情報量の拡大や迅速な意思決定・・・などいろんなことが言われている情報化。
IT企業が、野球球団を買ったり、ITバブルとか、IT長者とか、確かに夢物語で語られている。つまり、筆者は「情報化社会」は、私たちを豊かにしてくれると、誰もが思っている因果関係が問題と指摘する。そうだよな、通信企業に就職したときから、既に通信はすごい!と教育された気がする。
でも、私たちの生活は、携帯電話代は毎月高いし、ADSLだの、パソコンの買い替えだの、高い金を払っている。ITは私たちに何をもたらしてくれたのか? こんなに毎月支払っているのに・・・・。(「銭金」での出演者も、少ない給料のなかで、莫大な借金と通信料を負担していることに気がついた・・・。)

さて、携帯電話というITが普及して、私たちの行動が変化した。
例えば「待ち合わせに、大抵遅れる」ことだ。
携帯がなかったとき、待ち合わせに間に合わないと相手に心配をかけるから、遅れないように早めに出る。「ごめん、待った?」「ねー、いつまで待たせるよー。」というTVドラマのセリフもなくなった。遅れるなら、携帯メールで「ごめんいましんじゅく、あと20ふんおくれるかもしれない」と送信するだろう。
送信すれば、遅れてもいいか・・?? 寒い街頭で20分待つくらいなら、コーヒーショップで温まっておこうとすれば、喫茶店はITのメリットを享受できるだろう。
私たちは、便利になったのか、ルーズになったのか? そういわれるとITに頼って生きている気がする。

おそらく私たちはこれからも、コンピュータに人間を仮託(メタファー)する誘惑にかられつづけるのだろう。他社をもちたいという欲望、そこに自己の姿を見たいという欲望は、近代社会の人間にとって、やはり抗いがたい魅力をもっているからだ。その欲望がある限り、「情報化」の神話もやはりなんらかの形で行き続けるだろうし、そしてまた同時に、その神話がある限り、その神話のヴェールを破る営みも続けられていくだろう。そのどちらも21世紀の近代社会を生きる人間たちに課せられた課業なのである。(p246)

うーーん、課題は深い。。。。
情報社会に私たちは居る。これは、たしかだ。
ただ、それが何なのかがわからない状況の中、走り続けているのである。山頂を目指し登山をする。「あの雄大な山の頂上を目指し、頑張ろう!」と麓で決断して、上り続けても頂上は見えず、木に囲まれた中を永遠と歩き続けることになる。この方向にいけば、頂上にたどり着く、だから頑張ろうと思う。
頂上に到達したときに、山がどうだったかが回想されていくのだろう。IT社会って、そういうものかもしれない。
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by namanama100 | 2004-12-17 15:34 | こんな本が好き

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